“私は新人の頃に 「本に書いているようなことは既に最先端ではない。 最先端を走りたければ本に書いてないことをやれ」 とボスに言われたことがある。 全くもってそのとおり。 今なら「本」は「ネット」に置き換えられるかもしれない。 ネットで流行っていることはもう最先端ではないのだ。
(中略)
技術トレンドの上っ面を追いかけている(「追いかける」という時点で最先端ではないのだが)だけでは「実」になるものがない。小器用なエンジニアは便利だけど頼りにならない。便利なエンジニアになりたくなければ(何でもいいから)ひとつのことを10年20年かけて極めなくては。私の周りの私と同世代(またはそれ以上)のエンジニア達はみんなそうやって生き残ってきた。それが(ぶっちゃけて言えば10年通用する技術を持っているか否かが)エンジニアにとっての「キャリア」なんだよね。もしひとつのことを極められるのなら,未知の技術もその応用としてこなすことができるだろう。”
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(中略)
技術トレンドの上っ面を追いかけている(「追いかける」という時点で最先端ではないのだが)だけでは「実」になるものがない。小器用なエンジニアは便利だけど頼りにならない。便利なエンジニアになりたくなければ(何でもいいから)ひとつのことを10年20年かけて極めなくては。私の周りの私と同世代(またはそれ以上)のエンジニア達はみんなそうやって生き残ってきた。それが(ぶっちゃけて言えば10年通用する技術を持っているか否かが)エンジニアにとっての「キャリア」なんだよね。もしひとつのことを極められるのなら,未知の技術もその応用としてこなすことができるだろう。”
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[鏡] しっぽのさきっちょ 2006年04月 — Spiegel’s Trunk
4月なのでちょっと上から目線でw
「ネットで流行っていることはもう最先端ではない」というのは今でも肝に銘じるようにしている。併せて,最先端にいないエンジニアはいかにして生き残ればいいのか(最先端にいるエンジニアなど一握りしかいない),もう何年も考えている。
(via spiegel-im-spiegel)
物理的・ビジネス的な制約によってどうしても遅れてしまう紙書籍はともかく「ネット」に関してはきちんとした観測対象・範囲さえ持てれば最先端を見られるし(上記の「流行っている」の定義は知らないが)、あまつさえその最先端に参加できる点で本質的に違う。得意げに「今ならばネットに置き換えられるかもしれない」とか言ってしまうのは恥ずかしくすら感じる。
(via yoosee)
本が最先端ではない理由が、一定の想定読者がいないと出版までこぎつけられないというコスト制約が原因であれば、同じ理由が当てはまるコスト制約のある有名ネットメディアも最先端でないというのは成り立つな。逆に言うとコスト度外視で宣伝もしていないマイナーなネット上で最先端が繰り広げられている可能性はありうる。これは本との大きな違い。低コストさで差がつく。
(via otsune)